子ども達の思考力、判断力、表現力といった活用型の学力を育むために、国語科を核とした各教科の学習における言語活動の充実を通して、子ども達が「伝えるチカラ」をつける学習をICTを活用して支援したい。
 わたしたちは、プロジェクトの活動を通して提案していきます。

 新学習指導要領小学校総則の「第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」の2の(9)に、「各教科等の指導に当たっては、児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ、適切に活用する学習活動を充実するとともに、視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること。」という文言が登場した。

 それにともなって、授業でICTを活用することによって、学力がどう上がるかという議論がよく聞かれるようになった。それ自体はけっして悪いことではない。現に、ICT環境を充実させるために、議会などの説得で「ICTで学力が確かに上がったデータ」が欲しいという教育委員会担当者は後をたたない。

 しかし、ここで取り上げられる学力というのが、どうも「学力=狭い意味での基礎・基本」ととられ、この部分ばかりが目立ってしまう。つまり、キチンと「知識・理解」や「技能」を習得することを重視している。しかし、学力というものは、いわゆる「習得型」の側面ばかりの話ではないし、そこだけがICT活用の効果を語れる箇所ではないはずだ。

 2007年11月に出された中央教育審議会教育課程部会「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」によると、学習指導要領の理念である「生きる力」がこれからも必要であるとしている。その上で課題の一つとして、「各教科における知識・技能を活用する学習活動が十分ではなかったことから、各教科での知識・技能の習得と総合的な学習の時間での課題解決的な学習や探究活動との間の段階的なつながりが乏しくなっていること」をあげている。つまり、「習得型」「探究型」の間に「活用型」の授業をおいて、表現力や思考力、判断力の育成の必要性を述べているわけだ。しかし、実際の授業では、理想とはうらはらに、充分に子どもたちが育っていない場面を目にする。

 「活用型」授業の重要性については、日本の教育界に根強い「キチンと文化」がすべての根源にあるように私は感じている。
 たとえばプレゼン発表の活動なら、「準備した」原稿を暗記し、「大きな声でキチンと」間違いなく読めたかを重視して評価している。「今の時期では、まずは発表原稿をきちんと読めることがこのクラスの実態からは大事です」という主張はもっともだが、半年後にそのクラスに伺ってもまだ同じようなことから脱していないことが多い。

 結局、相手が誰であるかとか伝えたい内容がどう伝わったかの効果などの検討は二の次。その結果、友だちの発表を聞いた子どもの感想も「声が大きくて良かったと思います」に終始してしまう。このやり方では、プレゼンの仕方の基礎・基本の徹底はできても、それ以上の広がり・高まりがない。

 国語の学習でパンフレット作成をしても、そのまま教室の後ろに「作品」として飾られる。壁新聞も、制作しておしまい。これら2つには、共通点がある。

 教師が「相手にどう読まれるのか」「実際に読んでどんなリアクションをするのか」というところまで、子どもたちに迫るような授業デザインになっていない、ということだ。パンフレットは「手にとって読んでもらってナンボ」のものであるはず。このような実感をともなわないで、次へのステップアップもできないし、相手意識など持てるはずもない。
 時には、「なぜ自分(達)が期待するように伝わらなかったのか」をふりかえる場面が必要だ。

 授業を参観していて学習場面で「たりないなぁ」と感じるのは、伝えたいという切実感であり、相手にどうやってわかってもらえるのか、印象づけるのかということであり、この学習が自分とどうかかわり、何の役に立つかという学習の意味づけにある。

 これらをしっかりと意識して授業デザインしていないことこそが、子どもの学力低下の大きな原因になっていると考える。ここをおさえられると、図のような「習得型」「活用型」「探究型」を行き来させるような授業デザインが可能となる。そのような積み重ねが、子どもにとってはこれまでに学んだ基礎・基本が社会や生活でどう活用できるかを実感できるとともに、教師にとっては子ども一人一人にそのとき必要な基礎・基本に注視することができるようになる。

 「キチンと文化」から脱却するのは、決して平坦な道ではないし、ましてや授業がスマートに進むことはむしろ少ないと思う。時には課題に、時には共同制作をしている友だちが壁となってその先を阻む。

 しかし、そのことで今自分が何をしようとしているのか、これからどう考えなくてはならないのかを見つめ直す機会となる。
 よく「活動あって学びなし」と言われる学習の一番の原因は、「何のために今この活動をしているのか」ということが、子ども自身の中で、あるいは教師の中で、あやふやになっていることにある。

 活動を進めながら、あらためてこれらを明らかにできるような「しかけ」や「場の保証」が十分なされることが重要だと考える。

2010.07 中川一史(放送大学 教育支援センター 教授)

 日毎、グローバル化・情報化社会へと向かう時代。新たな時代を担う子どもたちが、新たな社会へと巣立っていくために、どのような力を育ませてあげたらいいのだろうか。

 「生きる力」。現行の学習指導要領から新しい学習指導要領においても変わらずに引き継がれた基本理念。ならば今、多年にわたり教育の情報化とともに歩んできた私たちスズキ教育ソフトが情報化社会を担っていく子どもたちに贈ることのできる「生きる力」とはなんだろうか。

 この答えを模索する途上、中川一史先生と出会い、その命題に答えを出すべくプロジェクトを立ち上げました。

 今後、「活用型」の授業を従来の「習得型」と「探求型」の授業の間に位置づけ、表現し思考し判断するといった習得した内容や得た情報を活用する力を育むことが求められています。

 思考力・判断力・表現力を育むためには、 国語科を主とする言語活動の充実を各教科において図ることが必要です。情報化社会という観点から見れば「情報処理力」から「情報収集力」「情報編集力」「情報伝達力」を育むことが求められます。グローバル化・情報化社会へと巣立っていく子どもたちに必要な「生きる力」のひとつの形だと私たちは考えています。

 このような思いの基、子どもたちに発想し表現することの楽しさを知ってもらうべく、ソフトウェアを通じて授業デザインを提案し、活用型学力を育成し支援する。こんな想いを懐き「伝えるチカラプロジェクト」を立ち上げました。

2010.07 スズキ教育ソフト株式会社

伝えるチカラ プロジェクト2015のメンバーをご紹介します。

監修

中川 一史 先生  放送大学 教育支援センター 教授 博士(情報学)

略歴
 横浜市の小学校教諭、横浜市教育委員会情報教育課勤務、金沢大学教育学部 教育実践総合センター 助教授を経て、メディア教育開発センター教授(金沢大学教育学部・客員教授を併任)。
 2009年4月より放送大学教授。
 主な研究テーマは、「情報教育に関する学習環境」「情報教育における小中連携カリキュラム研究」「研究組織のマネージメント」「産学共同プロジェクトの実践的研究」「国語科におけるViewingの研究」など。数多くの実践コーディネートを行っている。

協力

佐藤 幸江 先生 金沢星稜大学 人間科学部 こども学科 教授
中橋 雄 先生 武蔵大学 社会学部 メディア社会学科 教授
小林 祐紀 先生 茨城大学 教育学部 人間環境教育課程 准教授
現場の先生方

※所属は2015年4月当時

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